高橋士郎  TAKAHASHI SHIRO 1943年 東京都

<メッセージ>
「科学技術と金融が支配する1963年に、芸術は、何か離れ業でもしない限り、もはや生き残れない。今の世の中はもはや市場に過ぎない。
だから、大道芸人がやるような茶番劇で世の中を楽しませてやらなきゃならない」と、ジュール・ベルヌが35歳の時に執筆した未刊の小説『100年後のパリ』(1963年)の中で述べている。
ジュール・ベルヌの科学思想を乗り越え、技術と芸術を連結した、レーモンド・ルーセルの小説『アフリカの印象』(1910年)は、デュシャンやブルトンなど当時の若者に精神革命を起こし、岡本太郎の前衛芸術が爆発する。
1969年に芸術と技術の総合的な連結を計画して、JEAA(日本電気芸術協会 山口勝弘代表)が結成されて、銀座ソニービルで「国際サイテック・アート展」を開催し、サイバネティックアートのニコラ・シェフェールを招聘、キネティックアートの伊藤隆道、高橋士郎、ライトアートの坂本正治(東京)、ヨシダミノル(京都)、聴濤襄治(大阪)、コンピュータアートの幸村真佐男(東京)などが参集した。


<略歴>
多摩美術大学大学院卒業、造形作家、前多摩美術大学学長。
1970年日本万国博覧会で山口勝弘プロデュースによる三井グループ館に「立体機構シリーズ」を発表し、日本におけるキネティックアートを牽引する。
80年代から空気膜を使った彫刻「空気膜構造シリーズ」を発表し、エンターテイメントの分野に対しアートのすそ野を広げる。
多摩美術大学でユニークな講義のもと多くの後輩を先導するとともに、学長としても美術大学の更なる可能性を広げた。
また、イスラム文様やフランスの作家レーモン・ルーセルの研究者とも知られ、芸術、学術、教育という幅広い活動を行っている。
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