岡本太郎とメディア・アート


11/13(金)~1/28(日)

展覧会について

アヴァンギャルドの一匹狼として、戦後日本の美術界にノンを突きつけた岡本太郎ですが、同時に分野を超えた新しい芸術の展開を求める活動の中では、そこに集う若い芸術家達に惜しみのない支援を欠かしませんでした。

その精神を受け継ぎ、時代に先駆け独自の表現を確立していったアーティストに山口勝弘がいます。インターメディアの先駆けとなる「実験工房」の時代からインタラクティブな関係をめざした「ビデオ・アート」や「環境芸術」など、アートとテクノロジー、そして社会との関わりを掘り下げ、新たな表現に挑んだ山口もまた、次世代を継ぐ多くのアーティストを世に送り出すことにより現代のメディア・アートという分野が確立されたのです。

本展は、岡本太郎から山口勝弘、そして彼らの活動の先に開花したメディア・アートを担う現代アーティスト10人の作品を紹介するものです。

会場には、山口勝弘が岡本に捧げたオマージュ作品をはじめとし、現代アーティストの作品が岡本太郎の展示空間でコラボレーションします。戦後日本の現代美術の原点から始まり、アートとテクノロジーの融合をめざした新しい芸術分野の成立に至るメディア・アートの歴史的な連続性を概観していただければと思います。

岡本太郎山口勝弘

岡本太郎と山口勝弘の最初の出会いとなるのは1948年、お茶の水文化学院で開かれた「モダンアート夏期講習会」です。講師として招かれた岡本は37歳、戦後まもなく二科会の会員として≪憂愁≫≪夜≫などの作品を発表する傍ら「日本アヴァンギャルド美術家クラブ」の常任幹事となり、組織的な芸術運動を始めた頃でした。一方、山口勝弘は日大理工学部から文学部に移り法律を学びながらも、芸術への強い関心をよせながら将来を模索する20歳の学生でした。この講習会には北代省三、福島秀子らも参加しており、講習会後山口は北代省三の呼びかけで自主的な研究グループを作り、岡本太郎、花田清輝の主宰する「夜の会」や「アヴァンギャルド芸術研究会」などの会合に度々出席することとなります。

尖鋭的な思考を持つ美術家や評論家たちからの刺激を受けて山口らは、自らの研究成果を発表する展覧会を開くことを目的に、グループを「トリダン」(後に「七耀会」)と名付け、北荘画廊でのグループ展を開催します。岡本は展評で「幸いにも七耀会には二十代の盛り上がる意気がみられて、近来見応えのある展覧会であった。」と好評して若き芸術家達にエールを送っています。

もう一つ、岡本と山口の更なる絆となるのが、滝口修造が名付け、日本のインターメディアの先駆けとなる「実験工房」です。美術、音楽、写真、舞台照明、映像といった若き芸術家が自然発生的に集まり、分野を超えた表現者たちがその手法を一つの作品として集結させるインターメディアの手法は、現代のメディア―・アートの礎となりました。岡本は「実験工房」の発表には欠かさず顔をだし、自らが主宰する「現代芸術研究所」が後援をするなど惜しみない支援を行いました。それは、弟子や門下のような上下の関係としてではなく、若い芸術家の既成表現に依存しない新鮮な感性を引き立て、自由な精神を広げることでした。

後に山口は「実験工房の設立までの経過の中に岡本太郎や滝口修造の存在があり、その後の実験工房の活動について岡本太郎が多大な関心を寄せると同時に絶えず励ましを続けていたことはわれわれにとって大きな支えであった。」と述べているように、現代のメディア・アートという分野を切り拓いた山口勝弘の原点には、岡本太郎という欠くことのできない存在があったのです。

出品作家
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展覧会情報
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実行委員会
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